はじめに
令和5年11月2日、NHKカルチャースクール梅田で開催された福島正尭上人の『法華経を学ぶ』を受講してきました。10月は日蓮宗大本山本圀寺での開催だったのですが、葬儀が重なってしまい、今回が初めての講義となります。
大阪に来たのは、かれこれ15年ぶりかもしれません。学生時代には毎週野球中継のアルバイトにて大阪のテレビ局に通っていました。しかしその頃の面影はほとんどなく、まさに浦島太郎状態。大阪駅もすっかり綺麗になってました。当時、高いビルといえば梅田のスカイビルという記憶でしたが、見まわせば高層ビルばかり。駅前の観覧車を見ては、飲み会後に阪急電車に乗って京都に戻った日々を思い出しました。
龍口法難
講義の冒頭に配られたのが、日蓮宗新聞の切り抜きと、小さな袋に入った黒い物体。福島先生は、9月12日に龍口寺で行われた龍口法難に参列され、その際に撒かれたぼた餅を受講生にお裾分けされていました。今回の先生がおられた席が特等席で、沢山のぼた餅を手に入れることができたそうです。
法華経に支えられた偉人
石橋湛山
龍口法難の次に話題に登ったのが、内閣総理大臣石橋湛山さん。
令和5年10月24日の朝日新聞『天声人語』に、内閣総理大臣だった石橋湛山さんに関するエピソードが掲載されており、その切り抜きが下記の画像となります。
石橋湛山さんは、「四方八方にご機嫌とりばかりをしていては国のためにならない」とか「私は皆さんに嫌がられることをするかもしれない」等、短いながらもわかりやすい言葉で自分の意志訴える政治家だったと。
その天声人語を読んだ後に、福島先生はとあるエピソードを紹介してくれました。
日本が第二次世界大戦に突入していた昭和19年。石橋湛山さんは東洋経済新報社の社長をしていました。戦争での言論統制が強まる中で、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の3大新聞の社長と、証人として三和銀行頭取の渡辺忠雄さんを集め、次のような会議を行った。「くだらない戦争すぐやめろ。文責:石橋湛山」という新聞の全面広告を出したいと。しかし、この全面広告は試みたが、3大新聞社長の同意を得られず、実現はしなかった。
このような全面広告を試みた石橋湛山さんの思想の根底には、「もし日蓮聖人が今居られればどう考えたか?」があったと。
杉田日布法主
ここで話が身延山久遠寺第81世杉田日布(湛誓)法主の話に。
石橋湛山さんの父親は日蓮宗僧侶の杉田日布上人で、姓が杉田と石橋とで異なるのは、石橋は母親の姓。明治になって以降、僧侶も妻帯することが可能となったが、人によっては正式に籍を入れなかったりと様々であったと。石橋湛山さんは、後の身延山久遠寺第83世望月日謙上人の薫陶を受け育ったそうです。
そのような話を耳にしていたところ、ふと祖父の身延時代の写真に杉田日布法主と一緒に映っている写真があったなということが頭によぎり、iPadにてお寺の古い写真が入っているフォルダーを検索。
すると、「昭和4年10月24日 陸軍中将権藤傅次閣下来山 学院生ノ為メ約20分間講演ス 法主猊下 不肖錬明 権藤閣下 祖山大奥水鳴楼ニ於テ記念撮影」と記載されていました。
杉田日布法主は昭和5年に遷化されているので、きっとこの写真に映っている法主猊下とは杉田日布上人かなと。この写真の存在は記憶にありましたが、当時の法主が誰かなんては調べていませんでした。
この写真の法主が杉田法主か否かを確認するため、福島先生に確認したところ、年代的にきっと杉田法主で間違いないだろうと。杉田法主は身延山復興の為に全国を布教し、復興途中に遷化されているそうです。福島先生も杉田法主の写真を見たことがないので、これはとても貴重な写真ですよと驚いていました。
土光敏夫・土光登美
石橋湛山さんの紹介の後には、IHIや東芝の礎を築いた土光敏夫さんとその母親である土光登美さんの話へと。
法華経の篤信者であった土光登美さんは、「国滅びるのは悪によらずして、その愚による」と太平洋戦争に突入している日本の将来を憂いた。高齢であった登美さんは、この先自分が亡くなって浄土にて日蓮聖人とお会いした時のことを考えていたそうです。そして、「戦争という愚を止めるために、お前は何か行動したのか?」と日蓮聖人に問われたら、「何もしていなかった」と言葉に窮してしまうだろうと。であるならば何か行動を起こさねばと考え方、新しい学校を創設します。その建学の精神は、平和で新しい社会を創るためには目先のことにとらわれず、しっかりとした信念を持ち、正しい考え方をする女性を育てることです。先述の石橋湛山さんと同じ思想が、土光敏夫や土光登美にもあったそうです
宮沢賢治
宮沢賢治の紹介は結構短かったです。『アメニモマケズ』の紹介でした。
と思ったら、田中智学さんの書いた『本化妙式目講義録』。宮沢賢治さんは、全6,000ページにわたる本を人生で3回読んだと。
田中智学『日蓮聖人の教義』
今回配布していただいた資料へと話が進みました。
きっとこれまでの講義で既に資料の大半は説明がなされているようです。急に難しい用語が次々と登場し、どこを読んでるのかと必死で探してみると、資料の最後の部分でした。五綱の教判、五重相対、五重玄義、本門、迹門、序分、正宗分、流通分等の専門的な言葉に懐かしさを覚えるとともに、受講している方々は一般の方なのにこんな話を聞いているなんてすごいなとも思っていました。
その他
2時間の講義で、福島先生からは次々と興味深い話がありました。全てを覚えていませんが、記憶に残っている話を箇条書きにすれば次のようになります。
- ハロウィーン(万聖節)、エイプリルフール(万愚節)
- 同じ経典なのにその解釈によって宗教が別れる(イスラム教スンニ派、シーア派)
- アニメ・ドラゴンボールは、道教由来
- 法華経を一言で説明するならば、絶対の平等と永遠の命
- 阿弥陀経とはどんなお経か
- 日像上人は、日蓮聖人から自我偈と欲了衆(方便品、比喩品、法師品、宝塔品)のみを教わった
- 日蓮宗系の宗派は色々とあるが、日蓮宗と国柱会だけ派祖がいない