令和4年8月 本覚寺寺報

父母の恩のおもき事は大海のごとし

本覚寺寺報

世の中が複雑多様化しても、変わらない思いや変えられない道理があります。それは感謝の心です。それを伝える「ありがとう」は、有り得ることが難しいという言葉です。人との出会いや物との巡り合い、そして生まれ出でること。すべてが何千、何万、何億分の1という確率で、そこに存在するから、有ることが難しい…だから有り難い。 今ある自分の存在もまた有ること難しです。そんな自分を世に出してくれた親を大切にしましょう。気付いているならそれでよし。いま気付かなくても必ずそれに感謝する時がきます。その時その広さ、深さ、重みを身に刻みましょう。

自分の手足に触れてみましょう。鏡の前の自分を見ましょう。それは全部親からの贈り物です。有り難い自分を大切にしましょう。あなたがあなた自身を大切にすれば、亡き親であれ、健在の親であれ、それが一番の恩返しとなるはずです。

出典:令和4年7月 日蓮宗ホームページ『今月の聖語

私ごとですが、先日誕生日を迎えました。この年になると「今年何歳だっけ?」と自分の年齢がおぼろげになっております。お祝いの言葉はもちろん嬉しいのですが、母親が亡くなってからは、誕生日は母親がお腹を痛めてくれた日だなと思うようになりました。そして、ふと「自分の誕生日に何をしたら母親は喜んでくれるだろうか?」と。

母親はとても信仰熱心な人でした。もともとは一般家庭の生まれですが、寺に嫁いだ後、子育てが一段落してからは頭を剃髪して仏門に。そんな信仰熱心な母親でしたので、「身延山に行って母親の回向してもらえばきっと喜んでくれるだろう」と思うようになりました。

そこで、今年の誕生日は日蓮宗の総本山である身延山久遠寺にお参りに行きました。日蓮聖人のお墓である御廟所に行くと、一生懸命お題目を唱えている修行僧の姿が。ちょうどこの時期は、「信行道場」と呼ばれる日蓮宗の修行期間中でした。

今から八十年近く前に開設されたこの信行道場は、祖父が初期の指導者でした。そして、今回の信行道場では、自身の兄弟子や当山の山田上人が修行僧の指導にあたっていました。遠くからお二人の姿を拝しながら、祖父や母親をはじめ、これまでお世話になっていた様々な方への報恩感謝の念を新たにした今年の誕生日でした。

本覚寺副住職:加藤智章 

令和4年8月本覚寺寺報
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