本覚寺 縁起

日蓮宗 松戸 本覚寺 縁起

本覚寺縁起について

本覚寺の縁起は、元禄12年(1699)2月15日であり、本化の宗風を慕う信徒によって一庵が建立され本覚庵と称しました。右図は、文化3年に描かれた『五街道分間延絵図会津道多功道(上本郷村)』 の街道図であり、当山の前身本覚庵が「釈迦堂」として記されています。

その後、本覚庵は住職不在のまま辛くも維持されてきたものの、熱心な信徒や縁故者の渇望により、昭和17年3月25日、日蓮宗総本山身延山久遠寺の加藤錬明(号:雲洞)上人を開山として全中山本覚寺の寺号を公称いたしました。

昭和43年、現住職である加藤雅章(号:瑞雲)が当山第3世の法灯を継承し、平成5年、老朽化した本堂・客殿・庫裡を新築・落慶し、現在に至っております。

本覚寺縁起 前身 釈迦堂
昭和10年代の日蓮宗松戸本覚寺本堂

左の写真は、昭和10年代に撮られた写真で、まだ本覚寺と寺号を公称する以前の本覚庵の姿です。

法縁は身延山久遠寺第36世六牙院日潮上人を縁祖とし、本山谷中瑞輪寺が縁頭寺である「潮師法縁」です。

なお、上に掲げた五街道分間延絵図会津道多功道(上本郷村)の図から、釈迦堂(現本覚寺)に隣接して稲荷様(西山稲荷大明神)が建立されていることがわかります。この稲荷様は、徳川光圀公が江戸城に登城の道すがら、この地に稲荷様を建立するように命じたことがその縁起として伝承されております。下記の写真が、当山で勧請している西山稲荷大明神です。

西山稲荷大明神